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デジタルノマドビザ、骨太の方針に載るまでの94日:滞在6か月を決めたのは税だった

連載「ルールが変わる現場を、会計士が検算する」第1回 デジタルノマドビザ、骨太に載るまでの94日

【この記事の要約】①2023年3月14日にRULEMAKERS DAO(RMD)でデジタルノマドビザのプロジェクトが動き出し、94日後の6月16日、骨太の方針の脚注にデジタルノマドの「本年度中の制度化」が載りました。②メンバーは提言を書く前に、制度を審査する側が気にしそうな言葉を集めています。ただし政府も同じ時期に動いていて、RMDの提言が決め手だったとまでは言えません。③できあがった制度の「6か月・更新不可・租税条約の相手国に限る」という要件は、税の仕組みと並べると筋が通ります。

94日

2023年3月14日、RMDの中でデジタルノマドビザのプロジェクトが動き出しました。同じ年の6月16日、政府は骨太の方針を閣議決定し、その脚注83に「いわゆるデジタルノマド」の呼び込みに向けて本年度中に制度化を行うと書き込んでいます。そのあいだ94日。関わったのは、弁護士、行政書士、税理士、社会保険労務士などの有志でした。

骨太の方針は、政府が毎年6月ごろに閣議決定する経済財政運営の基本方針で、翌年度の予算や制度改正の方向を示します。脚注とはいえ、ここに「本年度中の制度化」と期限つきで書かれたことで、担当の役所は年度内に制度をつくることになりました。

RMDは、市民、起業家、専門家、政治家が一緒にルールづくりに取り組む一般社団法人です。名前のDAOは、特定の経営者の指示ではなく、メンバーが自分から手を挙げて活動を進める組織の形を指しています。書き手の私は公認会計士・税理士で、RMDの監事を務めています。監事は、法人の仕事の進め方とお金の扱いをチェックする役員です。

この連載では、RMDの活動と公開資料を突き合わせ、ルールが実際にどう動いたのかを確かめます。決算書の数字を伝票や契約書までさかのぼって確かめるのが、監査の基本の手順です。その手順をルールメイキングに当ててみます。第1回の題材はデジタルノマドビザで、提言の準備の進め方と、制度の数字を税で読む方法を取り出します。

日本版デジタルノマドビザは、RMDだけで実現したものではありません。2022年11月には新経済連盟が内閣官房の会議でデジタルノマドを取り上げ、同年12月には東京都が国家戦略特区の会議で関連するビザを提案していました。議員の側にも、制度化を自分の仕事として進めた人がいます。

時系列で見る94日と、その先

日付 出来事
2023年3月14日 RMDでプロジェクトが始動
3月21日 キックオフ会議
4月19日 外務副大臣だった武井俊輔議員に説明(肩書きは当時)
4月26日 政府の対日直接投資推進会議のアクションプランにデジタルノマドが初めて登場
5月12日 自民党 新しい資本主義実行本部の小委員会の提言に、デジタルノマドビザが入る
5月19日 自民党スタートアップ推進議員連盟の事務局長だった今枝宗一郎議員に提案(肩書きは当時)
5月30日 観光立国推進閣僚会議の「新時代のインバウンド拡大アクションプラン」に「本年度中の制度化」が入る
6月8日 自民党ワーケーション推進議員連盟の総会でRMDとして提案
6月16日 骨太の方針と新しい資本主義実行計画を閣議決定。どちらにもデジタルノマドの制度化が入る
2024年2月 出入国在留管理庁の案がパブリックコメントにかかる
3月3日 RMDがパブリックコメントを提出
3月29日 告示の改正が官報に載る
3月31日 制度の施行

日付の出典は、RMDの公開資料と政府の公表資料などです。

最初にやったのは、審査する側の言葉を集めること

このプロジェクトは、提言を書きはじめる前に、かなりの準備をしています。

始動したその週のうちに、入管実務に詳しいメンバーが在留資格の体系とフロー図を用意し、「ノマド専用の特定活動を告示でつくる」という形まで見当をつけています。実際にできた制度も、特定活動の告示改正という形でした。

ここで言葉を整理しておきます。一般に「ビザ」と呼ばれているものには、2つの仕組みが混ざっています。入国の前に在外公館が出す査証と、日本で何をしてよいかを決める在留資格です。デジタルノマドビザは、在留資格のうち、法務大臣が告示で中身を決める「特定活動」の一つとして新しくつくられました。法律を改正しなくても、告示を変えれば新しい類型を足せる仕組みです。

準備の段階で、メンバーは元入国管理局長が書いた入管法の概説書から、入管当局が気にしそうな言葉を15個抜き出しました。不法就労、ブローカー、国内労働市場、受益者負担といった言葉です。そのうえで、答えより先に想定質問をつくると決め、偽造書類、日本人の仕事への影響、更新、家族の帯同など15問をそろえています。

並行して、法務省には統計の開示を求めました。観光や保養を目的とする長期滞在の在留資格が、実際にどれだけ使われているかという数字です。4月には開示を受け、コロナ前には一定の利用があったことを確かめています。

分担も細かく決めていました。入管法は行政書士、海外の制度と労働法は弁護士、税務は3人、年金は社会保険労務士という配置です。各国の制度の比較表もつくり、収入の要件や保険、過去の収入や預貯金の証明といった共通の要件を洗い出しました。

ルールを変えたい側は、自分の言いたいことから書きはじめがちです。この提言をつくったメンバーは、ルールを運用する側が何を心配するかから書きはじめました。この順番が政府の判断にどこまで影響したかは分かりません。それでも、提言の準備の進め方としては学ぶところが多いと私は見ています。

決め手だったとまでは言えない

時系列を並べると、政府の側も同じ時期に動いていたことが分かります。4月26日には対日直接投資推進会議のアクションプランにデジタルノマドが初めて登場し、5月30日には観光立国推進閣僚会議のアクションプランで「本年度中の制度化」という期限が決まりました。RMDが議員連盟の総会で提案した6月8日の時点で、期限はもう政府の文書に書かれていました。

RMDのメンバーは4月19日に外務副大臣に説明し、5月19日には議員連盟の事務局長を務める議員に提案しています。政府の文書が変わっていった時期と、メンバーが議員に説明して回った時期は重なります。ただ、どの説明がどの文書の一行につながったのかを示す資料はありません。

監査の言葉でいえば、結論を支える証拠が足りない状態です。メンバーが議員に説明していたことは確かめられても、その説明が決め手になったとまでは言えません。

中身は新しく、届け方は昔ながら

中身の作り方には、DAOらしい新しさがありました。プロジェクトは開かれていて、関心のある人が途中から加われます。運営メンバーは「クエスト」と呼ぶ貢献ポイントの仕組みで作業を切り出し、特定活動の要件の考案、税務、他国制度の比較、提案書のチェックといった仕事を発注しました。外国人起業家への聞き取りや、当事者向けの英語の音声イベントも開いています。方針は、平日に毎日開く15分の短い会議で決めていました。

政府への届け方は、昔ながらの道筋でした。議員事務所へ資料を持ち込み、外務副大臣に説明し、党の小委員会の提言に入れてもらい、議員連盟の総会で提案する。そうして政府の文書に載るのを待っています。協力してくれた議員や関係者も、中心メンバーがもともと持っていたつながりから広がりました。

閣議決定されたのは「方針」だった

94日で閣議決定されたのは、デジタルノマドを本年度中に制度化するという方針です。ビザそのものは、まだできていません。制度ができたのは2024年3月29日の告示改正で、施行は3月31日でした。プロジェクトの始動から数えると381日で、約1年かかっています。

できあがった制度の対象は、査証免除の対象で、かつ日本と租税条約を結んでいる国・地域の国籍を持つ人です。出入国在留管理庁が公表している一覧には、51の国・地域が並んでいます。年収1,000万円以上の見込みと、治療費の補償が1,000万円以上ある医療保険への加入も要件です。在留期間は6か月で、更新はできません。

RMDは2024年3月3日にパブリックコメントを出しました。政府が公表した結果を見ると、案から変わった箇所は1か所だけです。最終的な告示は、パブリックコメント案とほぼ同じ内容になりました。方針が決まるまでは速かった一方で、最後の制度の中身には、外からの意見はほとんど反映されていません。

6か月という長さを決めたのは、税だった

RMDの公開している提案は、月収40万〜50万円程度の収入要件で、最長1年の滞在を想定していました。税についても、当初は免税の方向で考えていました。できあがった制度は年収1,000万円以上、滞在は6か月で、更新はできず、税の特例もありません。RMDの案よりも、ずっと厳しい要件です。

2024年2月、延長を求めたRMDに対し、議員の側は「延長は税制上むずかしい」と説明しました。要件の一つ目に「租税条約を結んでいる国・地域」が入っていることも、税の事情と関係があると考えられます。

ここから先は、会計士としての私の読みです。

日本で働いて得た給与は、働いた人が日本の居住者でなくても、原則として日本で課税されます。ただし租税条約には、相手国の居住者が短期間だけ滞在して働く場合に、一定の条件のもとで滞在先の国は課税しないという定めがあります。給与の場合、その目安は183日以内です。数え方は条約によって違います。

6か月は、日数にするとおよそ183日です。

在留期間を6か月で打ち切り、国籍を租税条約の相手国に限れば、条件を満たすノマドは、短期滞在の免税の範囲で過ごすことになります。住民票もつくられないので、住民税をかける前提になる住所も日本に置かれません。この制度は、税の上では日本に来ていないのと同じ扱いのまま、日本で過ごしてもらうように設計されていると読めます。

延長を認めれば、183日を超えて滞在する人も出てくるでしょう。そうなると日本で課税する場面が生まれ、外国の会社から給与を受け取っている人に、日本でどう申告して納めてもらうかという仕組みまで考える必要が出てきます。6か月で区切っておけば、その必要はありません。既存の条約の枠の中で制度を動かせます。延長が「税制上むずかしい」とされた理由は、このあたりにあると私は考えています。

政府はこの意図を明示していません。ただ、延長が難しい理由として税が挙げられたこと、国籍の要件に租税条約が入っていること、在留期間が183日とほぼ重なることは、いずれも制度の文面と経緯から確かめられます。

では、日本はなぜノマドを呼び込みたいのか。政府の文書が挙げている目的は、海外の人材や資金の呼び込みと、インバウンドの拡大です。骨太の方針の脚注83も、デジタルノマドを、外国人起業家向けのスタートアップビザの見直しと同じ段落に並べていました。税収を目的にした制度ではないので、税を取らない設計とも矛盾しません。

1年半前に見えていた「対面申請」の壁

施行後の課題を早くから見抜いていたメンバーもいました。

2023年4月、入管実務に詳しいメンバーは、海外からはオンラインで在留資格の申請ができないと指摘しました。入管法の施行規則が、申請は日本にいる本人か代理人が行うと定めているためです。会社員の就労ビザなら、日本の受入れ企業が代理で申請できます。ノマドは外国の会社と契約して働く人なので、日本で代わりに申請してくれる受入れ先がありません。結局、いったん短期滞在で来日してから申請することになる、というのがそのメンバーの見立てでした。

2024年12月、日本経済新聞はデジタルノマドをめぐる記事に「対面申請ビザ」という見出しを付けています。制度の施行から9か月後のことで、最初に懸念が指摘されてから1年半がたっていました。

この事例から引ける3つの手がかり

1つ目は、審査する側の言葉から書きはじめることです。入管当局が気にしそうな15語と想定質問15問を先に用意しておけば、相手の不安に先回りして答えられます。

2つ目は、反対する人がいない分野ほど進めやすいということです。デジタルノマドは新しい人の流れで、既存の業界の取り分を減らす話ではありませんでした。同じRMDの地域の分科会はライドシェアにも取り組んでいます。こちらはタクシー業界との利害が正面からぶつかる分野で、提言書の形になる前に動きが止まっています。

3つ目は、期間や金額の要件が出てきたら、税と社会保険で検算することです。6か月という数字は、入管の事情だけでなく、租税条約の183日と並べると意味が見えてきます。ルールメイキングのチームには、会計や税の分かる人を早めに入れておくとよいでしょう。

次回は、起業家がルールに挑んだときに何が起きるのかを、RMDのルールメイキング特化型アクセラレーション「RIFT」の第1期から見ていきます。提言の締切の2日前に、肝心のルールが変わってしまった話から始めます。

よくある質問

Q. デジタルノマドビザとはどんな制度ですか?

A. 2024年3月31日に始まった在留資格「特定活動」の一類型です。外国の企業との契約にもとづいてリモートで働く人などが、最長6か月日本に滞在できます。要件は、年収1,000万円以上の見込み、民間医療保険への加入、査証免除の対象で租税条約の相手国・地域の国籍であることなどです。更新はできません。

Q. RMDはデジタルノマドビザの制度化にどう関わりましたか?

A. RMDは2023年3月に専用のプロジェクトを立ち上げ、制度の調査、提言資料の作成、議員への説明、議員連盟での提案、パブリックコメントの提出を行いました。新経済連盟や東京都の先行提案、議員の推進もあり、RMD単独の成果ではありません。2024年10月には自治体などと「デジタルノマド官民推進協議会」を設立し、RMDが事務局を務めています。

Q. デジタルノマドは日本で税金を払いますか?

A. 日本で働いて得た給与は、原則として日本で課税される所得です。ただし租税条約の短期滞在者の定めにより、条件を満たせば日本で課税されない場合があります。条約ごとに条件が違うので、個別の判断は専門家に確認してください。

出典・参考

筆者プロフィール

星野宇潮(公認会計士・税理士/RULEMAKERS DAO 監事)

星野宇潮(ほしの・うしお)/公認会計士・税理士

一般社団法人RULEMAKERS DAOの監事、株式会社インベーダーズ創業者。合同会社型DAOの立法に関与し、本サイトで会計・税務連載を執筆。自律型AIエージェントを現実の産業に社会実装する公認会計士・税理士として、監査支援AI「右筆(Yuhitsu)」の開発・実証にも取り組む。

連載|ルールが変わる現場を、会計士が検算する

公認会計士・税理士 星野宇潮による全4回+まとめ

RULEMAKERS DAOの活動と公開資料を突き合わせ、ルールが実際にどう動いたのかを会計士の目で確かめる連載です。

  1. 第1回 デジタルノマドビザ、骨太の方針に載るまでの94日:滞在6か月を決めたのは税だった(本稿)
  2. 第2回 提言の直前に、ルールが変わった:起業家がルールに挑むときにつまずく場所
  3. 第3回 全員で決めない組織は、なぜ前に進むのか:「沈黙は承認」を監事が検算する
  4. 第4回 ルールを変えるのは、割に合うのか:ルールメイキングを投資として考える
  5. まとめ ルールを変えたい人のための手引き:連載「ルールが変わる現場を、会計士が検算する」まとめ

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