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提言の直前に、ルールが変わった:起業家がルールに挑むときにつまずく場所

連載「ルールが変わる現場を、会計士が検算する」第2回 提言の直前に、ルールが変わった

【この記事の要約】①RMDの起業家向けプログラム「RIFT」の第1期(2025年3〜6月)では、3人の起業家が政策提言に挑みました。②振り返ると、つまずく場所は4つに分かれます。提言先が担当の窓口まで決まらない、形式から入ってしまう、根拠が「思っています」で止まる、そして相手のルールのほうが先に変わる、の4つです。③提言の前に、変えたいルールの種類と担当の窓口、そしてそのルールの見直しの予定を調べておくと、空振りを減らせます。

締切の2日前に

2025年6月1日は、RIFTの成果発表会に向けた提言資料の締切日でした。

その日の夕方、カームダウン・クールダウンスペースの整備を提言しようとしていた第1期生が、ある改正を知ります。2日前の5月30日、国土交通省が建築物のバリアフリー設計のガイドライン「高齢者、障害者等の円滑な移動等に配慮した建築設計標準」を改正し、発達障害や知的障害、精神障害のある人への留意点として、カームダウン室の設置を初めて書き込んでいたのです。カームダウンスペースは、光や音、人混みが苦手な人が気持ちを落ち着けるための場所です。

それまでの資料は、カームダウンスペースの必要性を訴える組み立てでした。国がガイドラインに必要性を書いた以上、同じ主張を繰り返しても相手には響きません。ただ、ガイドラインに書かれたのは「留意点」で、守る義務はありません。どんな広さや設備にすればよいかという具体的な設計の手引きも、まだありません。第1期生は締切の延長を願い出て、日付が変わってから作り直した資料を出しました。新しい主張は、次の改正に向けて具体的な手引きをつくるための検討会を、国に設けてほしいというものです。

提言を出す直前に、相手のルールが変わる。RIFTでは、それが実際に起きました。この回では、起業家がルールに挑むときにどこでつまずくのかを、RIFTの第1期を振り返って取り出します。

RIFTの第1期

RMDは、市民、起業家、専門家、政治家が一緒にルールづくりに取り組む一般社団法人です。法律やガイドラインなどのルールをつくったり変えたりする活動を、ルールメイキングと呼んでいます。RIFTは、RMDが2025年に始めた起業家向けのプログラムで、ルールメイキングを通じて事業の成長を後押しすることを目的にしていました。こうした短期集中の起業家支援プログラムを、アクセラレーションプログラムと呼びます。

対象はシード期・アーリー期の起業家で、第1期は3件を採択しました。期間は2025年3月1日から6月14日までで、毎週土曜の夜に講義と実践のフィードバック会を交互に開いています。講師には弁護士、元官僚、NPO法の立法に関わった人、現職の国会議員が並びました。6月7日には東京・有楽町のTokyo Innovation Baseで成果発表会「RIFT OFF」を開き、35人が参加しています。成果発表会は、第1期生が提言を発表し、招かれた議員や専門家から意見をもらう場です。省庁や議員への実際の提言は、これとは別に、期間中から並行して進めていました。

第1期生は、コーヒーかすの再利用に取り組む団体の事務局長、感覚過敏のある人向けの商品やサービスを手がける会社の代表、副業人材と自治体をつなぐ事業の担当者の3人です。提言は次の3つでした。

1つ目は、自治体を越えた資源循環です。廃棄物処理法では、ある物が廃棄物か有価物かの判断を自治体ごとの運用に頼る部分があり、市区町村をまたいだ再利用がしにくくなっています。提言の対象は、国の判断のガイドラインと食品リサイクル法でした。

2つ目は、冒頭のカームダウン・クールダウンスペースです。対象は建築設計標準というガイドラインと、その上にあるバリアフリー法でした。

3つ目は地方公務員の副業です。地方公務員の兼業は、地方公務員法にもとづく許可制になっています。仕事を始める前に任命権者の許可が要り、許可がなければ兼業できません。第1期生は、これを、届け出れば始められる届出制に変えるよう求めました。

3件とも法律が関わります。ただ、資源循環とカームダウンの2件が最初の一手として求めたのは、ガイドラインの見直しや国の検討会の設置でした。公務員の副業は法律の許可制そのものに関わりますが、後で見るとおり、政府が実際に動かしたのは許可の基準の運用です。RIFTの3件を見る限り、起業家の事業に直接かかわっていたのは、法律の条文よりも、その下にある判断基準や運用でした。

つまずく場所1 提言先が担当の窓口まで決まらない

4月中旬、運営は3人に提言先を書き出してもらっています。担当の課まで具体的に書けたのは、資源循環の第1期生だけでした。環境省の環境再生・資源循環局のどの課か、農林水産省のどの室か、経済産業省のどの課か、という粒度です。この第1期生はその後、RMDを通じて環境省に質問を送り、担当者とオンラインで面談するところまで進んでいます。

カームダウンスペースの第1期生は、議員連盟の総会で当事者団体として要望書を出そうとしました。ところが、その議員連盟はメンバーも議事録も公開していません。障害者の当事者団体に関わる人に聞くと、総会に呼ばれる団体は毎年15ほどで、議員連盟の側が選んでいるとのことでした。長く活動している団体でも、呼ばれるようになるまで10年ほどかかったそうです。

行き詰まったところで、第1期生はロビイストに相談しました。受けた助言は、提言先を国土交通省のバリアフリー全般の窓口に絞ること、そしてすでに話を通している議員を飛ばして別の議員に行かないことです。運営も、あちこちに同時に話を持ち込むと関係がこじれると、何度も注意しています。

省庁の名前が分かっても、提言先が決まったことにはなりません。担当の課や窓口の単位まで書けて、初めて資料を渡す相手が決まります。

つまずく場所2 形式から入ってしまう

起業家がまず気にするのは、提言書の書き方です。正しい様式があるのではないか、と考えてしまいます。

運営がRIFTの講師を務めた弁護士に聞いたところ、答えは明快でした。要望は陳情に近いもので、提言はそれより政策として作り込んだもの。ただし厳密な区別や決まった様式はなく、相手の理解度に合わせて資料を整えればよい、という内容です。議員は忙しいので本文は1枚程度にし、根拠は別添にする。提言を受け取る側の議員事務所からも、提言書という形式にこだわる必要はないという意見が返ってきました。

資源循環の第1期生は、たばこのポイ捨ての話から資源循環を説明する資料をつくっていました。運営からは、相手が環境副大臣なら入門の例は要らないので、主張の論理を短く伝えるほうに力を使うようにと助言が入っています。形式より先に考えるべきなのは、相手が誰で、その人が何を知っていて何を知らないかです。

つまずく場所3 根拠が「思っています」で止まる

5月末のフィードバック会で、公務員の副業の提言の下書きに、こんな指摘が並びました。「思っています」では説得力が足りない。地方公務員はどのくらい副業をしたがっているのか。許可制だと言い出しにくいというなら、実際の申請数はどうか。

主張と根拠が離れていることは、書いている本人には見えにくいものです。RIFTの運営は、これを見つけるために変わった手順を指示していました。まず砕けた話し言葉、運営の言い方では「ギャル語」で論理を組み立てる。突っ込みどころがなくなったら、官僚向けの文章に直す。直す段階で、どこのリサーチが足りないかに気づく、という手順です。

たとえば「許可制だと上司に言い出しにくいし、どこまでOKか分からないから、届け出でよくない?」と書いてみる。これを官僚向けに直そうとすると、「言い出しにくい」を示す申請数や調査の数字が手元にないことに、すぐ気づきます。硬い言葉で書くと、こうした抜けが文章の体裁に紛れて見えにくくなります。

つまずく場所4 相手のルールのほうが先に変わる

冒頭のカームダウンスペースの話は、この4つ目の例です。もう1つ、公務員の副業でも同じことが起きました。

第1期生が求めたのは、許可制から届出制への切り替えでした。2025年6月6日に公表された骨太の方針の原案には、地方公共団体などで希望する職員の副業・兼業ができるよう、許可基準の弾力化や就業規則の改定を促進するという文言が入ります。骨太の方針は、政府が毎年6月ごろに閣議決定する経済財政運営の基本方針です。6月13日に閣議決定された骨太の方針2025にも、地方公共団体や地域金融機関、JAなどで許可基準を弾力化するという同じ方針が残りました。

政府は副業を広げる方向に動きました。ただ、その方法は届出制への切り替えではなく、許可制を残したまま基準を緩めるというものでした。提言の向きは合っていたのに、具体的な中身では政府が別の形を選んだことになります。この結果がRIFTの提言の影響だったかどうかは分かりません。

省庁は、提言する側の準備が終わるのを待ってくれません。国会の会期、予算の編成、骨太の方針の取りまとめという年間の予定があり、ガイドラインにも見直しの時期があります。冒頭の建築設計標準の改正も、1月31日に国土交通省が公表していたバリアフリー法の施行令の改正(6月1日施行)に合わせたものでした。施行令の改正にあわせてガイドラインも見直されることは、前もって予想できたことになります。

前提が変わったら、計画を引き直す。会計でいえば、期中に前提が変わった予算を組み直す作業に近いものです。古い前提のまま進めるより、早く気づいて組み直したほうが、使う時間も手間も少なくて済みます。

言葉の選び方

言葉の選び方についても、細かいやり取りがありました。

公務員の副業の件で、RMD代表理事の塩澤好貴は、省庁とのやり取りでは「複業」ではなく「副業」を使うよう助言しました。行政の文書で使われている言葉に合わせることが、行政官への敬意になるという理由です。同じ理由で、メールの件名も「副業解禁」ではなく「副業促進」にしています。RMDの成果発表会の告知では「複業促進」と書いていたので、相手によって言葉を使い分けたことになります。

成果発表会のあと、議員に送るお礼のメールにも、塩澤の手が入りました。宛先の秘書は1人に絞る。面会は議員の記憶が新しいうちに、15分から30分でお願いする。相手の時間をどう扱うかについての、具体的な作法です。

種から提言まで9か月

資源循環の提言は、RIFTが始まる9か月前、2024年6月にRMDへ持ち込まれた相談から始まっています。

当初の案は、コーヒーかすは廃棄物ではなく有価物だ、という理屈で押すものでした。相談者は議事録をまとめるうちに、自分でこの案の弱さに気づきます。コーヒーかすだけの話にすると、ほかの資源の課題が解決しない。関係者も狭くなって、通りにくくなる。そこで課題を「市区町村をまたいで資源を循環させられない」「廃棄物かどうかの判断窓口が自治体ごとにばらばら」の2点に書き直しました。

この書き直しが、9か月後の提言の骨格になります。成果発表会には参議院議員が足を運び、後日あらためて話を聞く場も設けられました。一つの品目の困りごとを、ほかの事業者にも当てはまる制度の困りごととして書き直したことで、話を聞いてくれる相手が広がっています。

3件の提言がその後どうなったか、たとえば検討会が設けられたかどうかは、まだ確認できていません。

この事例から引ける3つの手がかり

1つ目は、変えたいルールの種類と、担当の窓口を先に特定することです。法律なのか、省令や告示なのか、ガイドラインなのか、自治体の運用なのか。種類が分かれば、見直す権限を持つ相手と、その中の担当の課も決まります。困りごとを、ほかの事業者にも当てはまる制度の言葉で書いておくと、相手も話を聞きやすくなります。

2つ目は、相手に合わせて書くことです。決まった様式を探すより、相手が何を知っていて何を知らないかを考える。話し言葉で論理を確かめてから、相手の使う言葉に直す。この順番で書けば、根拠の抜けにも早く気づけます。

3つ目は、提言の前に、そのルールの見直しの予定を調べておくことです。施行令の改正や骨太の方針の取りまとめのように、見直しの時期は前もって公表されていることが多くあります。予定が分かれば、提言を出す時期と中身を合わせられますし、締切の直前に慌てずに済みます。

次回の題材は、RMDという組織そのものです。全員で決めない組織は、なぜ前に進むのか。「沈黙は承認」という考え方を、RMD自身の決め方で検算します。

よくある質問

Q. RIFTとはどんなプログラムですか?

A. 一般社団法人RULEMAKERS DAOが2025年に実施した、ルールメイキング特化型のアクセラレーションプログラムです。シード期・アーリー期の起業家を対象に、専門家の講義、実践のフィードバック、議員や省庁とのつなぎを通じて政策提言を支援しました。第1期は3件を採択し、2025年6月7日に成果発表会「RIFT OFF」を開きました。2026年からは後継のプログラム「OPEN BLUE」を実施しています。

Q. 提言書に決まった書式はありますか?

A. 決まった書式はありません。要望書や提言書といった呼び名の違いよりも、相手の理解度に合わせて、主張と根拠を短く示すことが大切です。本文は1枚程度にまとめ、根拠となる資料は別添にする形がよく使われます。

Q. ルールメイキングの相手は国会だけですか?

A. 国会での法改正だけではありません。省令や告示、省庁のガイドライン、自治体の運用、業界団体の自主ルールなど、事業に関わるルールは何層にも分かれています。RIFT第1期の3件でも、最初の一手として求めたのは、ガイドラインの見直しや国の検討会の設置が中心でした。

出典・参考

筆者プロフィール

星野宇潮(公認会計士・税理士/RULEMAKERS DAO 監事)

星野宇潮(ほしの・うしお)/公認会計士・税理士

一般社団法人RULEMAKERS DAOの監事、株式会社インベーダーズ創業者。合同会社型DAOの立法に関与し、本サイトで会計・税務連載を執筆。自律型AIエージェントを現実の産業に社会実装する公認会計士・税理士として、監査支援AI「右筆(Yuhitsu)」の開発・実証にも取り組む。

連載|ルールが変わる現場を、会計士が検算する

公認会計士・税理士 星野宇潮による全4回+まとめ

RULEMAKERS DAOの活動と公開資料を突き合わせ、ルールが実際にどう動いたのかを会計士の目で確かめる連載です。

  1. 第1回 デジタルノマドビザ、骨太の方針に載るまでの94日:滞在6か月を決めたのは税だった
  2. 第2回 提言の直前に、ルールが変わった:起業家がルールに挑むときにつまずく場所(本稿)
  3. 第3回 全員で決めない組織は、なぜ前に進むのか:「沈黙は承認」を監事が検算する
  4. 第4回 ルールを変えるのは、割に合うのか:ルールメイキングを投資として考える
  5. まとめ ルールを変えたい人のための手引き:連載「ルールが変わる現場を、会計士が検算する」まとめ

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